ようやく叶った願い

my life

今年も師走を迎えました。2019年皆様はどんな年だったでしょうか?

日本では最近天災が起こらない年はないですね。まるでこれまでの世界がどんどん崩壊していっているようにも思えます。崩壊しつつ新しい世界が形作られていくのだと思いますが、その世界がきっといいものであることを信じて2020年を迎えたいと思います。

さて、私にとって2019年は、いろいろな場所を訪れた移動の多い1年でした。淡路島、東京、広島、福岡でイベントやワークショップを行いました。

レイラインやグリッド上のパワースポットなどにも行きました。地元の六甲山、淡路島、吉野、奈良、熊野、出雲、青森、諏訪、等々。そんな場所で、たぶんチューニングをしているんだろうと思います。

行く度に不思議なことが起きます。たとえば神社に行くと、必ずといっていいほど、拝殿で参拝するタイミングで太鼓が打ち鳴らされ、神事が始まったりします。また、これだけあちこちに行っているのに、一度も雨に降られたことがありません。少なくとも10年以上前からなのです。それは、私がうまくその場のエネルギーに良い影響を与えられている証しなのではないかと思います。そして、この世界をぐっと押し上げたい、もっともっと幸せな世界になってほしい。来年こそは・・・。そう願わざるを得ません。

さて、願いといえば、すでに叶った超個人的な話をします。

私は、3人兄弟の真ん中っ子だったためか、子供の頃から親に負担をかけたくないと思っていました。そのおかげで、私は自立した人間になれたのではないかと自負していました。だけど、父はなかなかそれを認めてくれませんでした。

結婚して子供ができてからも、子供たちへのお小遣い(年に3回の長期休暇のたびに送られてきます)と一緒に、私にもお小遣いが送られてきていました。それも何十年もの間・・。

ありがたいと思うのですが、同時に何か複雑な気持ちでした。姉や弟に訊いても、お小遣いをずっともらっているのは私だけでした。

姉夫婦は、旅行に両親を頻繁に招待したり、弟夫婦は自分の家のローンもあるのに、実家に残っていた住宅ローンを一括返済してあげたことさえありました。両親は、特にお金に困っているわけでもなかったし、両親の方から望んだこともなかったのですが、親孝行としてそういうことをやっていたのです。両親もそれを有難く受け入れていました。

でも、私はというとそれができませんでした。私が結婚した人は、旅行や食事に夫の両親と行くときは、親が出すのが当たり前という考えで、家や車を購入する際や子供の学費も、実家が支援するのが当たり前という考えだったので、私の両親にわざわざ何かをする必要性をまったく感じていませんでした。

結婚生活が終わり、精神的にも経済的にも完全に自立できたときに、それを最初にしたいと思いました。数年ぶりに実家に1人で帰る連絡を入れた時、父は相変わらず守るべき娘が帰省して来るものだと思っていたようです。

実家で、父から私への支援や生前贈与の話が出たのですが、きっぱりと断ることができました。1人でもとても幸福に暮らしていること、今の仕事が大好きなこと、何よりもお金や人生に対するネガティブな心配がまったくないことをわかりやすく話しました。話を聴いていた母は涙ぐんで、『あなた、本当にすごいわ』と褒めてくれました。

そしてその晩、私は生まれて初めて親に『お小遣い』というものを渡しました。

子供の頃、自分が貯めたお小遣いを全部使って、父の誕生日プレゼントを買いに走った記憶が浮かんできました。きっと喜んでくれるだろうという期待は、『気持ちだけは受け取っておく』と、小さな手の中に突き返されたプレゼントのように行き場のない思いに変わりました。

幼い頃の無邪気な思いそのままに、差し出した2つの封筒に入っていたお金を見て母は驚きましたが、感無量という顔をして、神棚に置いて祈るように手を合わせていました。父はすでに自室に下がってしまっていたので、後で母から渡すようにお願いしました。

寝ようとしていた時、父が部屋にやってきて『私はお金には困ってないから』とお金を戻しに来ました。私への父の態度は、何十年経っても変わらないようです。でも、私はもう大人で、プレゼントを返そうとする父の気持ちも理解できるようになっていました。

『ずっとこうしたかったの。ようやくそれができるようになったから、その私の願いをどうか叶えさせてください。』

私の言葉に、『では、ありがたく受け取らせてもらいます。』と答えると、父はあっさり部屋に戻っていきました。

父が出て行った後、嬉しさから涙が自然と溢れてきました。幼少期に絶望した私の心までも癒されたようでした。私は本当に、ずっとこうしたかったんだと気がつきました。その切なる願いが叶った喜びを抱きしめて眠りに就くことができました。

翌朝、早く家を出た私を追いかけるように、携帯に父からメッセージが届きました。

『大きな鞄を抱えて玄関に入ってきた君の颯爽とした姿には実は心から感服していたよ。そして誇らしくさえ感じた。もう何も憂うことなく、思い切り君の人生を生きて行ってください。』

飛行機の座席に座り、機内モードにしようとした時にそのメッセージに気が付きました。心の奥底から、淡い泡のようなものが表面に浮かびあがって来るようでした。未熟さをたしなめられたり、ため息を疲れたりするたびに、自分に失望しつづけ、もうこれ以上父の言葉や態度に傷つかないために敢えて不感症に徹してきたせいで、ぱっと広がるわけではないけど、小さな無数の気泡が次々とはじけるように、じわじわとゆっくり静かに安堵に近い喜びが広がってくるのです。

私は長い間、父からの承認だけを求めていたのではないか。ただこれだけをずっと。

そして、父は、私の成長を待っていてくれたんじゃないか。父が認めざるを得ないほど毅然とした強さを備えた私の姿を見たかったんじゃないか。自分が安心するために。肩の荷を降ろすために。私に対して彼が設定したゴールは、私にはずいぶん高かったけど、それだけにようやく到達できた自分が誇らしく、まるでそれを待つために長生きしてくれたかのような父には今では感謝しかありません。

インナーチャイルドなんて、私には関係ない話だとどこか思っていました。だけど、人はいつだって承認されたいものなのです。私は幼少期に憧れ尊敬した父に、あるがままに認められることを、ずっと求めていたのでしょう。幼い私も癒され、今では素直に父からの深い愛を感じていますし、私も溢れるほどの愛を両親に抱いています。この世界で親子であるうちにそれを達成できたことに喜びを感じています。そして、その課題をクリアーできたことにほっとしてもいます。

みなさんも、自分の中に解決していない何かがあると自覚できているなら、それを今生で達成するように決意してくださいね。きっと解決への道が開けてきますよ!

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