私が考える本当の美しさ

美しく生きる

誰でも持って生まれた容姿で生きていかなければならない。整形手術でもしない限り。

この間、ビバリーヒルズの美容整形に関するイギリスのドキュメンタリー番組を見たところだけど、手術中や手術直後のリアルな映像のせいで私としてはかなりぞっとしたから、私は絶対に受けたいと思わないし、誰にも勧めたくはないけど、受けたい人は受けたらいいとは思っている。それも個人の選択だから。

容姿に関しては、どんな人もある程度のコンプレックスは持っていると思う。写真を撮られるのはイヤだと思っていても、数年経って今より若い頃の写真を見ると、自分の若さや美しさに驚くことがあるものです。誰でも”今”以上の若さは、二度と来ないわけです。10年前はもっと若くて今よりきれいだったのに。。。とため息をついている今の自分でさえも、さらに10年後に振り返ったときには、同じように思うに違いないのです。

だから、いつだって”今”にもっと自信を持って生きたらいいのです。周りの人と比較するからいつでも自信がなくなるわけで、比較するのは常に5年後、10年後の自分であればいいわけです。目指すところも、5年後、10年後、あるいは来年の、未来の自分に目標を定めて、悔いが残らないように”今”の自分に自信を持ち、できるだけ素敵でいること。その毎日の積み重ねで、これからの1年、5年、10年が全然別のものになるはず。

若い頃は、周りと比較して肌の若さや健康さを比較することもない。単に、目の大きさや鼻の高さ、顔の形や背の高さや脂肪の多い少ないばかりを気にしている。

でも、どんなに美しい容姿を親から引き継いだとしても、40歳を超えたあたりからその遺産に頼ってばかりはいられなくなるのです。「昔は私、結構きれいだったのよ」と過去の写真を見せたところで、誰も今のあなたに対して美の賞賛が増えることは決してないのです。

中年になると、圧倒的に際立ってくるのがケアの差だし、美しくあろうとする美意識の差だけど、何よりもまず、人格や教養や言葉遣いが容姿の前面に出てきます。

容姿の美しさは若い頃より重要ではなくなり、立ち振る舞い、話す言葉、表情、品性、思いやりの態度や教養という部分が目立ってきます。だから、この年代になると、内面が満たされている人はそれだけで充分美しいのです。

人間の総合力が、容姿という一面をはるかに凌いで、美しさとして外側ににじみ出てくるのが35歳くらいからでしょうか。もうどれだけ美貌を鼻にかけてみてもそれだけでは、”若さ”を嗅ぎ取る男性の本能からは結婚(恋愛)対象から外れてしまいます。それからは、内面の美しさが魅力として外に滲み出ているような人だけが、相変わらず恋愛対象として見られ、同性にさえ一目おかれるような存在感を放ち始めるのです。歳を重ねるほどに、その傾向は大きくなっていきます。

若い頃はみんな美しいもの。でも、大切なのはいつだって”今”です。今のあなたが魅力的であれば敢えて”昔”をもちだして、今の自分を格上げしようとしなくてもいいのです。

中年の魅力的な美しさは、決して容姿ではありません。むしろ、あまりに若さや美貌にこだわり続ける人は、極端な例でいうと、高級化粧品にこだわったり、 整形依存症になったり、 若いファッションを追い求めるようなイタイ人になっていきます。

真の美しさは、年齢と正比例して増えていくものなのです。なぜなら、人生の時間とともに築き上げてきた人格の深みがあるからです。人として面白いか、思いやりの言葉をすっと口にだせるか、広い視点で物事を見ることができるか、社会全体のことを考える余裕があるか、そういうところに人としても魅力があるのです。それが、私が考える本当の美です。

心が熟していく美しさ、所作の美しさ、余裕ある態度、健やかな身体、溢れる優しさと穏やかさ、そういう本当の美しさを備える人に、1年後、5年後、10年後になっていたいものですね。

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